中庭を介した各世帯のほどよい距離感や使い慣れた各部屋の構成… これまでの暮らしを大切に築80年の町屋を再生

かんばらのいえ

住み継がれてきた町屋を再生した2世帯の住まい

■旧東海道沿いに建つ、住み継がれてきた住まい
80年を経たこの住まいは、痛みも激しく、旧東海道も県道になるなど周囲も大きく変わり、家族は新しく建て替えることを考えていた。
けれど、家族はこの住まいをポジティブに捉えていた。玄関や台所を別々に持たなくとも、中庭を挟んだほどよい距離は、3世代がいっしょに暮らす住まいを成立させていた。暖房はなかのまの掘りコタツだけで冬は寒いが、逆に暖を取るためにみんななかのまに集まる。土間は、人をうまく呼び込み、子供が安心して遊べ、おかってや離れにそのままつながるなど、今でも欠かすことはできない。段差も多いが、慣れた段差はかえって日常的な運動になっているのではないか。曾祖父母達は亡くなる直前まで外トイレを使用し、家族は毎日その姿を見ることで健康状態が分かったと言う。現代の住宅では「不便」「非効率」と考えることも家族は「魅力」として捉えていた。

■この住まいを評価的に読み解くことから始める
とはいっても、掘りごたつを囲みながら家族の楽しい住まい方を聞きながら、それを設計にフィードバックしていったにすぎない。くり返しおこなわれた打合せでも、結局もとの住まい方に戻ってしまい、「あれ?前と変わらないね」は良く聞かれた言葉で、その言葉がでるとほっとした安堵感が生まれたのを覚えている。

■本来の姿を取り戻すこと
住み続けながら培ってきた、住まいの魅力や住まい方の知恵をくみ取りながら、時代や社会の変化によって機能しにくくなった部分を調整し、繕いながら、これからも3世帯が住み継いでいける住まいとなることを心掛けた。
具体的には、県道を通る車に影響されず、以前のように安心して出入りができ、山と海からの風を呼び込めるよう、母屋(おもや)を南に少し曳き家した。町屋が持つ隣との配置関係やまちなみには十分配慮しながら、バッファーゾーンを設けている。改修は、気候風土を知り尽くして建てられた本来の姿(機能や特性)を取り戻すことを念頭に置いて進め、耐震性能は基準法の性能を確保している。
おかってより南側は新たに増築したが、住み慣れた各部屋の構成や3世帯をほど良い距離で保ってきた中庭のプロポーションは、以前の計画を基本にしている。自然の快適さを引き出したり、引き戸による生活の変化に対応する原理は、母屋と同じである。そして、各世帯の生活の流れや住み慣れた空間のボリュームを調整し、落ち着いた重心の低さや「オモテとオク」、夏冬障子の衣替えによる季節との付き合い方といった魅力は損なわないよう心掛けた。仕上げも、確かな質感をもち、美しく朽ちていく、それまでと同じ自然素材を選択している。

■「蒲原宿まちなみの会」や「旧五十嵐邸を考える会」の活動から
蒲原は、旧東海道の宿場を持つ町である。伝建地区のように古い建物が連なる町ではないが、新旧の建物が混在しながら、変化し続けてきた時間の積み重ねが感じられる。ここで、古い住まいに住む人達を中心に、伝統的な住まいや暮らしを見直す活動を続ける「蒲原宿まちなみの会」や、旧五十嵐邸(国登録有形文化財)で昔の暮らしや行事をヒントに実験的な活用を進めている「旧五十嵐邸を考える会」といったまちづくり活動が行われている。
活動が魅力的で応援しているが、実は、古いものを評価的に見る視点は会の活動から教えられたことである。合理的、進歩的、新しいことが一般的には評価の基準となっているなかで、3世帯がいっしょに暮らすこと、無駄であいまいな空間があること、身近な自然を受け入れて暮らすこと、直しながら住み継いでいくことなど、長い間培われてきた暮らしの知恵を再評価することには、けして先祖帰りではないが、現代の社会が抱える課題、例えば環境や家族のあり方、健康、福祉などに対する解決の糸口があるように感じている。
(住宅建築 2002.10号より)

静岡県静岡市
専用住宅 木造2階
2001.1完成
施工:㈱山崎工務店
写真:アトリエR 畑亮

 
 
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